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22歳、俺は確かに研究者だった。



くすんだ白い壁に囲まれた実験室が、俺の全世界だった。
所狭しと並べられた高価な機材と、棚に詰め込まれた薬品類。
机の上に広げた論文と参考資料、書きかけの実験ノート。
ポストイットでマークされた分厚い実験書を見ながら、使い古したピペットを握る手は、いつだってエタノールの匂いがしている。
午後8時になると、昼以来何も食っていない身体は糖分が不足して手先が震える。
それでも、蛍光灯だけが煌々と眩しい世界が好きだった。
ホルモンを添加され、顕微鏡下で挙動を変化させる細胞を見つめるのが、幸せだった。

もう少し。
もう一歩。
あとこれだけ。
実験にのめり込みすぎだと教授に咎められても、毎晩そう言って、深夜まで居残った。
そうでもしなければ、俺の夢は叶わないのだから。

飛び級を重ねた俺が同期の学生だけでなく、教授陣からも”天才”ともてはやされていることは知っていた。
同じ研究室の学生が俺と距離を置く理由も、そこにあることは明確だ。
だが、俺は天才なんかじゃない。
生まれつき才能がある人間はいない。
才能は、努力で芽吹かせるものだ。
 
やりたいことを精一杯やっているだけ。
他の人間よりちょっと欲張りな、ただの人間。
それが何よりの幸せだった。

好きなことのために努力を重ねられる。
これ以上の幸福を俺は知らない。
 
指先ほどの大きさのチューブに細胞液を垂らす。
薬品を入れ、撹拌し、観察する。
「…………… やった、」
成功だ。

ああ、またひとつ。
俺は夢に近づく。
笑みが浮かぶのをこらえきれぬまま、博士論文の仕上げに手を付ける。

これを提出すれば、とうとう俺も理学博士だ。
先月の学会での発表を併せて教授に見せれば、間違いなく取得できる。

条件は揃った。
これで次の春、念願の一流研究所に就職できる。
志半ばで病に倒れた父の跡を継ぎ、最先端を走る科学者のひとりになる。
夢が現実になる日を、俺はずっと追い求めていたんだ。

「………… できた!」

今の俺の集大成。夢の塊。
薬品臭い小部屋で、至高の幸せを噛みしめるのを、細胞たちが見ていた。




 

………… ねぇ。父さん。
俺は、貴方のようになりたかった。
自分の夢を、輝く目で追いかける、ひとになりたくて。


――――『アンピシリンの濃度が低い。血中酸素は?』
――――『それよりも麻酔を追加しろ。皮下投与だ。』
――――『実験体に傷をつけると後々面倒だが………』


貴方の学生時代の指導教授の下で働けると決まったとき、本当に幸せだった。
新たな夢に向かって、努力を
自分の力を、一生かけて尽くすと決めたのに。

――――『………おい、意識が』
――――『まずいな。だから麻酔を強めろと言ったんだ!』
――――『もういい。やってしまおう、準備をしろ。所長を呼べ』

どうして。

「ッ…………どう、して 」

貴方もこうして騙されたんだ。

――――『奴の遺伝子を継ぐ唯一の子孫だ、絶対に成功させろ。』

――――『あいつは実験の途中で死にやがったからな。』


クソ野郎共が。
どうしてこんな奴らに、全てを奪われなきゃならないんだ。
どうして騙されたんだ、どうしてこんなことをするんだ、どうして、どうして、どうして、


「……………死ん、で たまるかっ―――――!!!」


怒りや悔しさを感じる前に、生命としての本能が俺を動かした。
間抜けな新人だけを残し、研究員が全員部屋を出た瞬間、窓の鍵は開いていたし拘束具の金具が緩んでいた。
神様はとんでもない性悪で、本っ当の崖っぷちに立つまで手を差し伸べてくれないものなのだ。


制止の声など聞こえなかった。
がむしゃらに走る俺の手に掴まれていたのは、白衣。
どのタイミングで掴んだのか分からない、研究者の正装。
こんな体にされたってのに、まだ夢を見たいと言うのか。
どこまでも欲張りな自分自身を嘲笑う余裕はあった。

俺は白衣に腕を通す。
これを着ている限りは、 研究者―――人間として生きていられる気がして。

尻尾も舌も髪の色も、周囲に溶ける体色も。
出来損ないの合成”動物”は、人間という虚勢を纏って逃げる。

かつて夢を具現化した、希望の骸から。


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