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めげない、負けない、大和男児の話。







夜を覆う雲を仰ぎ見、木立を撫ぜる風を抜けて。
閑静な森をしばらく歩けば、緑に埋もれて佇む、和風の木造一戸建て。

一か月ほど前――― 俺は数年ぶりに、実家に帰って来た。
兄上を連れて。

目的を完遂したのに素直に歓べないのは、兄上が昔の兄上ではないからだ。
この家で修行を共にし、切磋琢磨した兄上は、何処にもいない。

狼狽する両親に事の顛末を説明し、医師へ連絡を取り状況を伝える。
精神の病に関する診断は専門家にも難しいらしく、明確な病名などは告げられなかった。

病状が不安定な今、治療方針を定めるべきではない、と医師は言った。
今はとにかく刺激しないよう、薬を使用しつつ様子を見るしかないらしい。

父上も母上も、気丈に振る舞ってはいるが、動揺しているのは明らかだった。
今は、俺がしっかりしなければ。
兄上を連れ戻したところで、このままでは余計に両親を悲しませてしまう。

父上と母上が事態を受け止められるまで、暫くは俺も実家に居座ろう。
―――しかしいずれは二人に事情を話し、また旅に出よう。
家族のことも心配だが、同じように大切なものが、俺を待っている。


実家での日々は、薄氷の上を歩むように流れ。
これは、月光を纏う彼女に再会する、数週間前の出来事。



兄上は相変わらず食事をしないし、動こうともしない。
そのうちカビやキノコが生えるんじゃなかろうか。
たまったものではない。少しでも太陽光を浴びてもらわねば、と俺は奮起した。

ある日の朝、横になりただ天井を見上げている人形のような兄上を揺すり起こし、庭先まで引っ張っていく。
何とか足腰を立たせ、少し離れた位置で向き合い、刀を抜いた。

「兄上、立ち合い稽古だ。久々に相手をしてくれ。」


―――― いっそ清々しい程の無視をされた。

俺は虚空を見詰めたまま動かない兄上に歩み寄り、両手を取って凪助の柄を握らせる。
本当は抜刀までしてやりたいが、兄上は自分以外の人間が凪助を触ろうとすると激昂するので、そうはいかない。

止むを得ず凪助を握る兄上の腕をとって、無理矢理抜刀させた。
幼子に剣技を教えている気分である。
何とも頼りない風が、頬にこそばゆい。

いっそのこと模造刀を使えばいい。初めはそう思ったが、それこそ無駄だとすぐ気付いた。
兄上は凪助以外の刀を触ろうともしない。
無理に渡せば泣き出す始末。

根底の精神年齢が5歳児そこそこまで退行している、との医者の言葉が蘇った。
泣きたいのはこっちだ。


……愚痴を言っても仕方がない。
もう一度兄上と距離を取って向かい合い、刀を構える。

「ほら、兄上! 構えだ、まさか忘れたわけではないだろう?
幼い頃から父上に叩きこまれてきたじゃないか。」


―――― この人は構えの以前に言葉を忘れたのか?

それとも舌を引っこ抜かれたか。
苛立ちよりも呆れ、呆れよりも哀しみが泉のように湧き出て、俺を混乱させる。

いや、今一度落ち着け。焦ってはいけない。足並みは緩くても良いのだ。
再び兄上に歩み寄り、構えをとらせてやろうとしたときだった。


「 時雨 ッ !!! 」

縁側から雷鳴のような叫び声が響き渡る。
俺はぎょっとしてそちらを振り返り、縁側で杖をついて戦慄いている父上の姿を見捉えた。

「ち、父上……」

平素綺麗に撫でつけている黒髪を乱し、兄上に負わされた怪我で言うことのきかない足を踏ん張り、目をカッと見開いた父上――――否、般若が其処に。

「時雨ッ、御前は――――ッ それでも如月家の長男か!!
何たる無様な、………情けないとは思わんのか!!
何だその弱腰は!! シャキッとせんか、この――――」

「父上、もう結構です!!分かりましたから、部屋へお戻りください!!」

俺は縁側まですっ飛んでいくと、ひどくいきり立っている父上の肩を宥めつつ、背を押して部屋へ入り。
後ろ手で障子を締めると、ふーふーと荒い息をつく父上の背を撫ぜた。


父上は、気高き人だ。
かつて誰にも扱えなかった妖刀・雷蔵を唯一従えた人間として、倭国で名を馳せた剣士。
他国へ渡って御歳を召しても現役として辣腕を振るい続け、その傍らで俺や兄上の指導をしてくれた。
俺の一番尊敬する、父であり、師匠である。

しかし、その高尚さ故に、自分にも他人にも厳しすぎるのがたまにキズだ。


座布団の上に崩れ落ちるように腰を下ろした父上は、涙の溜まる目頭を押さえ、怒涛の激情に耐えている。

「すまない、出雲――――しかし私はどうしても、受け入れられんのだ。
自分が情けないこと、此の上ない。分かっているが、時雨の、あの太刀筋が―――ッ夜な夜な、眠ろうとするたびに思い起こされて、私は――――!!」

千切れそうな声を振り絞り、背を震わせる父上を見て、心の臓を握られたように苦しくなる。

その気持ちは、痛い程分かる。
兄上の、風の総てを従える清澄たる太刀筋は、俺だって何度夢に見たことか。
もう一度よみがえってほしいと願う気持ちは、父上にも負けない。

それに、生涯現役を張れるはずであった父上は、兄上に斬られ負傷し、二度と刀を握れない身体になってしまった。
当時は命を取り留めただけでも奇跡だと言われていた。
刀を握れない身体を抱える、その悔しさたるや――― 想像するに難くない。


ぢーん、とちり紙で鼻水を切る父上の背を擦り、俺は居た堪れない心地になる。

(父上……… お老けになって……。)

黒髪に混じる銀映えた白糸が、以前より増えたと感じる。
別な意味でも胸が苦しい。


「……父上。兄上のことは俺に任せて、どうかお体を大事になさってください。
もうすぐ母上が薬を買って来てくださいますから。」

「うう、出雲、すまない、本当に………
おおそうだ、近いうちに母さんの茶事にも付き合ってやってくれないか。
久々に出雲の点てた茶が飲みたいと、言っておった…………」

「ええ、承知しました。兎に角、今はお休みください。」


……… 果たして俺は実家を離れられるのだろうか。
しかし、旅路を行くとはいえ、永遠ではない。
定期的に帰ればいいのだし、兄上や父上の薬は母上が買いに出て下さっている。
俺は頃合いを見て、話を切り出さねば。

―――― 旅に戻りたい。 早く、彼女に会いたい。

頭の片隅で願ってしまう。
そんな甘い欲望を、今だけは押し殺し、再び庭先へ戻ったら。


――――― 爽やかな春先の風だけが、俺を迎えた。



「……………… 兄上? 」

居ない。 居ない、居ない。
庭のどこにも、兄上が居ない!


「しまった――――!!」

たった数分庭を離れただけなのに、いつの間に。
嫌な予感がする。 庭を出て門戸を潜り、森の中を駆けた。

そんなに遠くには行っていないはずだが、木々の間に人影は全くない。
焦りに任せて走っているうちに、森の狭間を流れる小川に辿り着いた。

………まさかと嫌な予感が強まったが、そのまさかで。
嫋やかな春が溢れる川辺に、漆黒の長髪をなびかせる影が佇み。
一歩、 縷々と透き通った水面に、足を浸す瞬間であった。


「 あ、兄上っ!! 何をしているんだ、やめろ!!」

俺は無我夢中に駆け寄り、華奢な肩を掴んで引き寄せた。

茫とした表情が燻り、焦点の合わない瞳が宙を泳ぐ。
倒れ込んでしまいそうな身体を支えるため、腋の下に手を入れようとしたとき、びっくりするぐらい白い腕がニュッと伸びてきて、俺の腕を掴んだ。

細枝のような手の癖に力だけがやたらと強く、振りほどけない。
兄上の全体重がのしかかって来たかと思えば、澱んだ面持ちが俺を見ている。

刹那、かさついた唇がぼろぼろと言葉を零し始めた。
鈍重な灯が宿る瞳から、大粒の涙が零れ落ち俺の服を濡らす。

「な、 なぎすけ どうして止めるんだ?きみが、きみがよんでくれた、んでしょう、ぼくを。いっしょにいこう、あいしてるよ、あいしてるよ、」


駄目だこの人、早く何とかしないと。


「なぎすけえ、なぎすけえええ、なぎすけええええ………」

「兄上、しっかりしてくれ、俺は凪助じゃない! ええい抱き着くな気色が悪いッ、頼むからしっかり歩いてくれ、鼻水を垂らすな汚い!!」


思わず叫んでしまった俺の心情を責められる者がいるだろうか。
実の兄に刀と間違えられ、ぐしゃぐしゃの泣き顔で縋りつかれる気持ちが、どんなに惨めか。


投げやりな気分で兄上を背負い、空を見上げる。

憎らしい程の晴天に、雲も雨も、気配すらなく。
こんなにも頼りのない地に立つのに、世界は何処までも繋がって、憎らしい程に美しい。

「 ああ …………… 今宵は、月夜かな。 」

願わくば、あの柔らかな生命のように、優しい夜であってほしい。
微かなる希望を胸に抱いて、一縷の望みを叶えに、家路を行くのだった。



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