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とにかく働かなければ。




財布の中身が底をついた。
元々拾い物の財布なので、衣料品や食事、宿代等で使いつくしてしまった時には罪悪感が沸いた。
生きるためだから仕方ないと自分を誤魔化していたが、いわば泥棒と同じことをしたのだ。
常人の神経を持ち合わせていれば、後悔するのは当然だろう。

しかし、使った金は戻らない。
罪を償いたいなら、金を稼ぎなおして、交番に届けるしかない。
今更償いも何もないと思いつつ、そうしないと自分の気持ちがおさまりそうになかった。

加えて、活動資金も稼がなければならない。
いつまでも森をうろついていたら、餓死か凍死か衰弱死してしまう。
野生に適応しきっている友人に出会うたびに助けられ、痛感していた。

一人の力で生きていくには、街に出なければ。
怖いなんて言っていられない。
存在を消しながらも、強い意志で生き抜かなければ。


…………というわけで、俺は街に居た。
いつかも訪れたことのある街だが、今回は確固とした目的があってきているので、気合が違う。
引き締まった心持で、あたりを見渡しながら道を行く。
右を見ても左を見ても人、人、人。
観光スポットでもあるその街は、とにかく人であふれていた。

ここまで大きな街なら潜伏しやすいし、万が一研究所の人間が俺を探しに出ていても、見つかるリスクは低い。
パンフレットで位置情報を確認したら、研究所からはだいぶ遠い街だった。
それでも念には念を入れて、パーカーのフードをかぶっている。

広場に着くと、掲示板にひしめいている求人情報を、端から吟味していく。
もし仕事が見つかっても、短期契約にするつもりだった。
1,2か月でその職場は辞め、別の職を探す。
同じ街には半年以上居座らない。
もちろん、家も借りない。その日暮らしの宿暮らし。
見つかるリスクを考えれば、そうせざるを得ないだろう。

(しかしまあ、こうして見ると………。)
色んな求人があるものだ。
福利厚生がしっかりしている事務職から、「軽作業・即時雇用可」という文言と電話番号しか書いていない怪しいものまで。

前者は身分証明が必要だろうから却下、後者は身の危険を感じるから却下。
そうやって取捨選択した結果、丁度よい求人を見つけた。

「大衆食堂の調理補助。皿洗い、食品補充、掃除など……か。」
手書きの地図と軽い説明だけが書かれた張り紙。
短期雇用も募集しており、何より賄いつきなのが魅力的だ。
とにかく、一度行ってみよう。
俺は地図を頭に叩き込み、早足で広場を後にする。


よくよく考えればアルバイトをするのは初めてだった。
学生時代は勉学に打ち込んでいたので、成績優秀者に与えられる国からの給付金で全てを賄っていた。
研究職に就いてからは、初任給でさえ信じられないくらいの額が口座に振り込まれていた。
もっとも、それを受給できたのは数回だったのだが…。

(まあ、皿洗いなら俺にもできるだろ。人前に出なくて重労働じゃなければ何だっていいや。)
1,2か月の仕事なんだし。気負う必要はない。

しかし、かつては大企業の研究者だった自分が、今や宿無しの非正規雇用者か。
そう思うと、自虐的なため息が漏れた。
下手なプライドなど、今となっては邪魔なだけなので捨てたつもりでいたが、心のどこかには引っ掛かりがある。

悔しさ、寂寥感、遣る瀬無さ。
人間の生活は斯くも脆い。たった一つの出来事で、土砂崩れが起きて崩壊する。
神様がちょいと悪戯を差し向ければ、俺なんてひとたまりもないのだった。


多少アンニュイな気持ちを抱えた俺は、気を取り直すため腹に力を入れ、大衆食堂の前に立つ。
「大衆」と銘打っているだけあって店構えは大きく、外見だけで店内の広さが窺えた。
窓から覗いてみると、昼食時を過ぎた時間帯だからか、客は疎らだ。
これ幸いと、扉を開いて店内に足を踏み入れる。

慎重な足取りで、並み居るテーブルをかき分けるように歩く。
数人の客は皆談笑に夢中で、俺に注意を払わなかった。

カウンターの手前まで来たとき、奥から若い娘が出てきて、
「いらっしゃい!おひとりさまですか?」
エプロンで手を拭きながら、快活な笑顔を向けてくる。

「あ、いや、客じゃなくて。広場の求人を見て来たんですけど。」
「ああ、そうですか!じゃあ今、料理長を呼びますね。ネグリークさーん!アルバイト希望の方がー!」
娘は明るいながらも、急かされているかのような早口で話を進め、瞬く間に奥に戻ってゆく。
看板娘だろうか。人当たりが良く働き者という印象を受けた。

程なくして、白いコックコート姿の男性が現れた。
焦げ茶色の髪で目が隠れており、口元は真一文字に引き結ばれ、おまけに背が高くガタイが良い。
格闘家と紹介されても疑いようのない貫禄に、俺はたじろいだ。
数秒、俺を見つめたあと、男性は重々しく口を開く。

「ネグリーク。この店の料理長だ。アンタの名前は。」

丹田まで響くテノールボイスだった。俺は思わず姿勢を正す。

「ろ……、ローレンス、です。あの、広場の求人広告を見て来ました。調理補助で、雇ってもらえないかと……」

ネグリークという男性は、黙って俺を見据えている。
身長差もあって、上から見下ろされる形になり、俺はますます委縮した。
こんなことなら下見をするんだった。どんな人が勤めているのか、調べておくべきだった。
今更後悔しても遅い。

「奥へ。」

ネグリークはそれだけ言うと、踵を返し大股で奥へ姿を消す。
あわててその背を追った。

カウンターの奥はすぐ調理場で、何人かの料理人が洗い物をしたり、フライパンを振ったりと、忙しそうに働いている。
途中、先ほどの娘とすれ違い、にっこりと会釈をされた。
軽く頭を下げ返し、調理場の奥でこちらを見ているネグリークの方へ、足早に近寄る。

そこには段ボールが山と積まれており、調理場の隅ではあるが倉庫のようだった。
傍には、キャンプなどで使う折り畳みのテーブルと、パイプ椅子がいくつか置かれている。
「座って。」
椅子のひとつを無造作に差し出され、言われるがままに腰を下ろす。

背後では食器がこすれ合う音や、オーブンの低い唸り声が聞こえた。
まさかこの隅っこが、事務所や休憩室みたいな扱いなのだろうか。
ネグリークは傍の棚からノートを取り出し、舐めた指で頁を捲りつつペンを手に取った。


「ローレンス…… 頭はR?L?」
「えっと、Lです。」
「ああ、ローリエか………。」

唸るように呟きながら、ノートに俺の名を書き留めるネグリーク。
どうやらそのノートは雇用者の個人情報を管理するものらしい。
そんなに雑な管理でいいのか。俺としてはありがたいが、一方で不安にもなる。

ネグリークはちらりと顔を上げた。前髪の隙間から、烏羽色の鋭い目が覗く。
目の周りにケロイド状になった火傷跡が見え、俺はぎょっと息をのんだ。
ネグリークは気にせずノートに視線を戻す。

「長期?短期?」
「あ……えっと、………短期希望です。」
「飲食で働いた経験は?」
「ありません…。」
「立ち仕事だけど、足腰は大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」

面接なのだろうか。不愛想な質問を投げかけられ、機械的に答えてゆく。
その都度ノートに何かを書きこんでいたネグリークは、ふと手を止めて、再び顔を上げた。

「手先は器用?」

とってつけたような質問に、俺はキツツキのように頷いた。
するとネグリークが肉厚な手を伸ばしてきて、俺の手を乱暴に引っ掴む。

「うわっ!」

驚いて身を引くも、ネグリークは構わず俺の手を観察している。
掌、指、指先まで隈なく見ると、ようやく解放してくれた。

「い、い、いきなり何すか?!」

「アンタ、エリートさんだろう。」

慌てている俺に、ネグリークは飄々と言い放った。
心臓が跳ねる。俺はまじまじとネグリークの仏頂面を見つめた。

「手、見りゃ分かる。そいつがどんな人生を送って来たか。
アンタは大方、ずーっと机に噛り付いて、いい学校出ていい会社入って……
ま、ここに堕ちてきたんだろ。」

小馬鹿にしたような物言いに若干カチンときたが、黙って話を聞いていた。
パイプ椅子を軋ませながら背もたれに背を預けるネグリークは、閉じたノートの背で卓上をコンコン叩く。

「何があったか聞かねえよ。ここは腹に一物抱えた奴らがわんさと居る。
全部俺の裁量で雇ってんだ。でも、いちいち事情なんか聞かねえ。
料理にゃ影響しねえから。つまり、どうでもいいこった。」

表情筋を微塵も動かさず語りつくしたネグリークは、立ち上がって俺を見下ろす。
きっと間抜け面であろう俺に、ふんと鼻を鳴らした。

「確かに手は器用そうだ。しっかりやれよ。
エリートさんにとっちゃ、調理場は厳しいぞ。」

採用が決まったらしいが、色々と頭の処理が追い付かず、ただただネグリークを見上げてしまう。

「は?え?………あ、はい…。」
「返事ははっきり!」
「はいっ!!」

低い声で怒鳴られて背筋が伸びる。
その後、付いてくるようにと顎で促され、俺は立ち上がって調理場に向かった。


「料理人が全部で10人、お前と同じ調理補助が5人いる。
ま、補助は頻繁に入れ替わるがな。おーい、ケッパー!」

ネグリークが声を張り上げると、隅っこでジャガイモの皮をむいていた青年が弾かれたように顔を上げて駆け寄ってくる。

「はいはい料理長、何……あ、新入りさん?!」

甲高い声の青年は、俺より2,3歳年下に見えた。天然パーマの栗毛がふわふわと揺れる。

「調理場では走るな。……こいつはケッパー、調理補助の古株だ。色々教われ。
ケッパー、新入りのローレンスな。エプロンと制服出してやれ。」

ケッパーと紹介された青年は、ネグリークの言葉に逐一頷きながら、俺を横目で窺っている。

「じゃああとは任せた。ついでに調理場の案内もしてやれ。ローレンス、明日7時。いいな。」

ネグリークは要件を言いつけるとさっさと調理場へ戻ってしまった。
朝7時って早すぎないか?そんな疑問を投げかける暇も与えぬまま。

残された俺は、とりあえずケッパーに頭を下げ、「ローレンスです、よろしくお願いします」と挨拶をする。
相手の方が年下のようだが、ここでは俺が後輩になるのだから、丁寧に接した。
ケッパーは齧歯類のような前歯を覗かせて笑い、

「おう!俺もアンタも、いつまでここにいるか分かんないけどな。よろしくーっ。」

と、手を差し出してくる。その右手を見て、俺はぎょっとした。
小指がなかった。
顔を上げると、ケッパーがにやにやと笑みを深めている。
悪戯に成功した悪ガキのような顔だった。

「はい、よーろーしーく。ねっ、敬語、いらねーから!ここでは料理長以外に敬語、禁止!」

そう言い、無理やり俺の手をとって握る。
その上に添えられた左手の小指も、ない。
血の気が引くのを感じつつも、「ああ」とか「うん」とか曖昧な返事をして、愉快そうにしている青年に引きつった笑みを向けた。


世界は広かった。
単に食事をするだけの施設の裏が、こんな人間たちで営まれていたなんて。
仏頂面のいかついオッサンにも、若木のようにしなやかな青年にも、背負い込んでいるものがある。
暗く、重く、決して気持ちのいいものではないだろう。
それなのに彼らは、生きることに何の疚しさも感じていないように見えた。
俺にはとても眩しくて、同時に、羨望の意を抱く。

ケッパーは、快活に笑っていた。

「大丈夫!なんも心配いらねーよ。」

仕事に関する何の変哲もない激励だとしても、俺には深い言葉に聞こえて。
力強く頷き、 がんばってみるか―――。 と、決意するのだった。


――――――数日後。

「コラァ新入り!!ベーコンが出てねえぞ、何やってんだ!!」

俺は朝から晩まで、ネグリークの怒鳴り声を浴びていた。
皿洗いが雑だの、補充が遅いだの。
不手際があるとネグリークはすぐに怒鳴る。
仕方がないだろう。皿洗いや掃除や補充、何故かテーブルの片づけまで命ぜられ、新人がテンポよく動けるはずがない。

「いっ、今出します、今!!」
「今じゃ遅いっつってんだよ、バカ野郎!!もういい、ケッパー、お前やれ。
オラ、皿溜まってんぞ!!洗い場に10枚以上積むなって言ってんだろうが!!」

がんばってみるか、なんて、軽々しく決めるもんじゃなかった。
ケッパーの意地悪い笑みに、口の動きだけで「うるせえ」と伝えると、俺はスポンジを手に握る。

「終わったらラディッシュとブロッコリーの下準備!……返事ィ!!」
「はーーーい!!」

体育会系のサークルじゃねえんだぞ。
しかし1,2か月の辛抱だ、金を稼ぐためなんだ――――
 
自分にそう言い聞かせ、あくせくと働く日々が、俺を待っている。


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